「毎日同じことの繰り返し・・平々凡々で人生終わりたくない!」
そんなあなたの思考をリセットさせてくれる、
斎藤一人さんの名言がコレです。ババンッ!
悟りとは普通が有り難いことに気付くこと。
試しに1分間だけ息止めてみて下さい。
普通に空気吸えることが、どれだけ有り難いか分かりますよ。
・・・なるほどですが、耳が痛いですね。
良くも悪くも人は慣れてしまう生き物で、
日常の事は全て当たり前になっちゃいますよね。
病気になって初めて、普通に歩いたり、ごはん食べれることが、
とても有り難いことだと気付いた、というのはよく聞く話です。
どんな小さなことでも有り難く思う、
つまり感謝できる人こそが器の大きな人間だとも思うのです。
人は悲しいかな、有り難い事への感謝を忘れて、
有り難く無い事の不満ばかりを口にしがちです。
一人さんは教えてくれますが、
例えば、職場で自分がイジメられたとしたら、
その人を恨んで悪口も言いたくなりますよね。
それは仕方ないですけど、その前にイジメた人以外の、
自分をイジめなかった優しい人達に、まず感謝してみる。
本当に感謝できたら、それに気付かせてくれた、
イジめた人の存在すらも有り難くなります。
ついでに興味深いエピソードを紹介しましょう。
第二次世界大戦中、ナチスのユダヤ人強制収容所で、
ある精神科医が異様な光景を目にします。
収容されたユダヤ人の方達は皆、絶望の表情をしてるのに、
一人のお婆さんだけ嬉しそうな顔をしていたそうです。
その人が理由を尋ねると、
「私はこんな歳になるまで命の有り難さなんて知らなかったけど、
今それが分かったわ。
だから、気付かせてくれたヒトラーにはとても感謝してるの」
と話したそうです。
このお婆さんは、絶望のあまり気が狂ったと言ってもいいかも知れません。
しかし、極限の絶望も感謝に変えるほど悟ることができた、
とも言えるのではないでしょうか?
かなりのショック療法ですけど。
極端な話をしましたが、何にでも感謝できる人は幸せだし、
幸せな人は何にでも感謝できると思うんです。
一人さんが常々、「人は皆、幸せになる義務がある」と言うのは、
そういう理屈も含んでいるのでしょう。
幸せになることは善であり、不幸になることは悪である。
端的な言い方ですが、私は真理だと思ってます。
不幸としか思えない状況でも幸せだと感じられる修業をしに、
私達はこの世に出たのかも知れませんね。
例えば、生まれながらに障害を持ってたり、難病を患ったりしてる子は、
自ら高いハードルを設けてこの世に出た、
魂のステージが高い人なんだそうです。
一人さんの言葉を借りれば、
「ゴルフと一緒で、優秀な人ほど神様からハンディを与えられる」
ついでに言えば、ハンディを持った子を受け入れる親も、
それに耐えられるだけの優しい魂の人なんだそうです。
ハンディを不幸と思うのか、
神様は更に自分を成長させようとしてると思うのか。
この差は大きいですよね。
生まれつきのハンディに限らず、
人生で起こる幾多の試練でも同じ解釈ができます。
前にも述べましたが、
人生で起こる嬉しい出来事は神様からの正解のご褒美で、
嫌な出来事は間違いの知らせなんです。
だから、全て自分にとって必要な事なんですね。
そうは言っても・・・なんて話かも知れませんが、
ここは一応、理解しておいて損はないです。
そして、どんな要素が正解だったのか、
或いは間違いだったのかをじっくり考えるクセがつけば、
きっと人生は理想に近づいていくと思いますよ。
少し本題からズレましたが・・・
さぁ、今日からみんなで感謝習慣を始めてみませんか。
朝、目覚めただけで感謝!
親は、産んでくれただけで感謝!
子は、産まれてくれただけで感謝!
これは難易度高いですが、女房は家にいてくれるだけで感謝!(笑)
ハイ、以上です。
今回も最後まで読んで頂き、大変ありがとうございました。