ギター弾き語りはやっぱりカッコいいッス(上手ならね)


今回は私の長年の趣味、ギター弾き語りの歴史を振り返ります。

完全なるプライベートネタですが、同世代の同じ趣味の方が共感して貰えれば幸いです。

私は20代半ばから約10年近く、バンド活動と同時にソロの弾き語りをライブハウスでやってました。

あ、腕前は大したことないですよ。ライブハウスといっても小さな店です。

バンドも面白いのですが、ギター1本で真っ向勝負の弾き語りに、私はやっぱり惹かれますねぇ。

振り返れば、高校時代から人前で弾き語ってきましたが、色んな楽しい、思い出~がいっぱ~い♪

さて・・・

私がギターを最初手にしたのは中学2年の時、兄が持っていたヤマハのアコギでした。

多分2~3万円クラスの物でしょうね。

本土に進学して不在だった兄の部屋に放置されていたギターでしたが、当時ビートルズ狂いだった私が、それを見て素通りできる訳がありません。

「このギターでビートルズを弾きたい・・」

そんな衝動に駆られた私は、ギターの側に置かれていたビートルズの楽譜本1冊のみを頼りに独学を始めました。

最初はチューニングすら知らなくて、6個全てのペグの角度を記憶して、それから動かさなければ大丈夫だ、と思っていたくらいです。

後にチューニングは教本で覚えましたが、チューナーなんて代物も家には無く、音叉で合わせてましたよ。

今時そんな物使ってる人はいないでしょうが、おかげで私は音叉を鳴らしてクモの巣に付けると、クモが獲物だと思って飛び付いてくることを発見しましたね。

さて、ギターを鳴らすにはまず、コードを覚える必要がありますが、手元にあったビートルズの楽譜本がコード譜だったのは幸いでした。

黒丸の部分を指で押さえればいいんだなと、直感的に分かりましたからね。

コード名しか記載されてない楽譜なら挫折してたかも知れません。

まぁとにかく、ビートルズの曲を弾きたい一心だったので、切れそうな指先の痛みにも耐え、Fコードの壁も乗り越えて、頑張ってレパートリーを増やしました。

基本、私はフォークソングが好きなので、「Black bird」や「Mother Nature’s son」を弾けた時の感動は格別でしたね。

そして、高校生になった私は、ビートルズ狂いから長渕狂いに移行します。

「ろくなもんじゃねぇ」のブレイクをキッカケに、彼の全アルバムを聴きまくり、

譜面台にも乗せられない程ぶ厚い、全曲集の表紙が汗で膝に貼り付くまでギターコピーに没頭したものです。

完コピとまではいきませんでしたが、「夏祭り」や「顔」、「素顔」などをスリーフィンガーで奏でる快感!

更にブルースハープを加えて、「男は女が必要さ」や「あんたとあたいは数え唄」、「巡恋歌」を奏でる快感に味をしめたのです。

調子に乗った私は、学園祭の舞台で「夏祭り」を披露しますが、あえて他の人がバンドでガンガン演る合間に出番を入れてもらい、ウケを狙う周到さは我ながら流石でしたね。

大学に行っても相変わらず長渕をやってましたが、ファン必須曲目である「巡恋歌」ライブバージョンの「ギター掻き鳴らし&ハモニカ吹き散らし」を新たにマスターした私は、ことあるごとに人前で披露してました。

また、意を決して大学内広場や駅前の路上、レストラン等でも弾き語ってましたね。市が主催するコンテストに友人誘って参加したこともあります。

そこで歌ったオリジナル曲に対して審査員から「コード転換が多過ぎるよね」と言われた時は、「何だとーっ!?」と思いましたよ。

そんなん、誰かの絵を見て「色使い過ぎだよね」って言うようなもんじゃねぇですか。もっと本質的なこと言ってくれよ。

でも、とあるプロダクションにデモテープを送った返事に「個人的には好きだけど、今の時代には合わないかなぁ・・」と書かれた時は、「確かに、そうだな」とは思いましたけどね。

大学時代は時間もあったし、本土ということもあって、様々な経験ができたと思いますね。

それらを通じて私が強く感じたことがあります。それは・・

「本土のインディーズシーンはメジャーに直結している」

ということでした。



かれこれ30年近く昔の話なんで、当時はまだ、「上京して一旗あげる」というメジャー道のなごりというか、そこへ通じる見えないレールがあったような気がします。

しかし、私の地元沖縄は海を隔てた僻地である上に、既に独自の音楽シーンも存在していたので、そんなものとは無縁の世界でした。

なので当時は、沖縄出身のメジャーなミュージシャンは殆どいなかったのではないでしょうか?

安室ちゃんもGACKTも、三浦大知君もモンパチも、まだ世に出てないですし、巨匠、喜納昌吉は違う世界にイッちゃってましたし・・

唯一、BEGINがバンドブームに乗って全国区になりかけていたくらいですよ。

そんな時代に田舎者の私が見たものは、駅前広場のイベントで大勢の女子がお目当てのバンドを囲みキャーキャー騒いでいる熱気の渦・・

また、私がコンテストに出場した時、下手くそな演奏で落選したにも関わらず、握手を求めてきた女子高生・・

駅前で路上ライブをやった時、一人でずっと聴いてくれた後に、感想を話してくれた女子大生・・

全てが驚きでした。沖縄でこんな事は、まず無いだろうなぁと思いましたもん。

現代はネット社会になって、昔のような中央集権的な音楽シーンではなくなってますよね。

名前は出せませんけど、某有名プロダクションのお偉いさんが私の知人自宅にまでスカウトに来たことがあったそうですよ。

昔は上京しないと何も始まりませんでしたが、今や向こうさんが沖縄の個人宅までやってくるんですから、時代は変わったものです。

さて、話を本筋へ戻しましょう。

大学時代は、私にとっての神、吉田拓郎との出会いもありました。

この人はもう、弾き語りにおいても頂点ですね。

「ギター1本で世界を変えた人」の日本代表じゃないですか?

いいですよねぇ、あの声にあの歌い方・・

難しい言葉で乱暴なこと言う武骨なところも。

今時の、あくまで等身大を超えないメッセージソングなんかより、心底、魂を揺さぶられます。

思い返せば小学生の頃、TV番組「ザ・ベストテン」で珍しく拓郎が映った時、「おぉっ、拓郎!」と驚いた兄の姿に、「へぇ、この人は只者ではないんだ」という固定観念を私は植え付けられたような気もします。

さて、拓郎の相棒、ギブソンJ-45といえば、日本中のフォークキッズの憧れのアコギですよね。

私も例外ではありませんでした。

しかし、本物を買えるほど裕福ではなかったので、妥協して、モーリスのソックリモデルを知人から中古で買いました。

これはこれで貴重なのかも知れません。

恥ずかしながら、本物は今まで数回触ったくらいですが、噂どうりエッジの効いたガツン系の音に大変感動したのを覚えてます。

それと、重厚感のある見た目とは裏腹に結構軽かったのが印象的でした。

だから鳴りが良いのでしょうね。

さて、拓郎に関しては社会人になってから大いに弾き語っていくことになりますが、それは後ほど・・・

社会人になった私はアムウェイに熱中して、2~3年音楽活動から遠退いてましたが、友人のバンドに参加したのをキッカケに弾き語りの方も再開します。

相変わらず兄お下がりのヤマハギターを弾いてましたが、給料貰ってる訳だし、そろそろ新しいギターが欲しいなぁ・・

と、私が初めて購入したギターがコレ、ババンッ!

オベーションのエレアコ!

どうですか!この独特なデザイン、枯れ葉模様に並んだサウンドホールが実にエレガントですよねぇ。

しかし、見映えの美しさに目が眩んで失敗する、私の悪い癖がまたココでも・・

試奏もせずに、カタログ見て取り寄せてしまったのです。

まぁ、初めて買うギターで浮かれてましたし、エレアコだから、音なんてアンプでどうにかなるにせよですねぇ・・

このオベーションは地味に弾き辛かったぁ。

ネック幅が狭い上に、三角柱のように厚くて握り難いんです。あっ、製品自体は素晴らしいと思いますよ。ただ、私に合わなかっただけで。

長年、国産のヤマハに育まれた左手は舶来品にゃ馴染めなかった、ということでしょうか・・まぁでも、8万円叩いて買ったんだし、可愛がろうと心に決めました。

一応このギターはステージ映えするので、バンドのライブでは活躍してくれましたよ。



この一連の経験で私が得た教訓は・・

「アコギは見た目より生音が美しくてナンボ」

そりゃあ私だって、ギブソンのダヴやオベーションのアダマスに目が眩んだ時もありましたよ。

でも、そんなハイカラもんは二の次、何本もギター買えるようになってからの話です。

鳴りが良くて手に馴染み、飽きがこないシンプルなつくり。

まずは、そういうアコギをファーストレディとして自分の側に置かねばならぬと思いましたね。

そうなると、見据える先はマーチンあたりになりますが、私には30万以上もするようなギターはちょっと手が届かない・・

そんなモヤッとしたジレンマの日々の中、運命の出会いが突如訪れます。

とある休日、私は某楽器店でブラブラ暇を潰しておりました。

当然ギターの陳列に目がいく訳ですが、マーチンやギブソンといった20~30万円クラスの高級ギターはガラスケースに並び、ヤマハやタカミネ等国産メーカーの10~15万円クラスは手の届かない高さに吊り下げられ、5万円前後の手頃なギターは縦に重ねられ、目の高さにズラリ並べられている案配です。

私がその5万円コーナーを流し見ていると、ただならぬオーラを放つ1本のアコギに目が止まりました。

「ほぉ、国産のアストリアスか・・初めて見るなぁ。どれどれ・・」

おもむろにジャランと弾いてみると、アラ不思議!

今まで私が持っていたギターは当然、サウンドホールから音が聴こえている感じでしたが、このギターは目の前の空間から音が聴こえてくる・・

これは絶対に安物の音ではない!瞬時にそう感じました。

しかし、5万円コーナーに並んでるのは何故だ!?

あわてて値札を確認してみると、

「ネックにキズ有り、定価10万→5万円」

ナ~ルホド!訳ありですか。

確かにネックにはやや深めの切り傷がありました。

しかし、音質には影響しないと思われる。しかも半値・・

これは買いだっ!!

ソッコー近くのATMに駆け込み、そのギターを衝動買いしました。

独身時代はこんなことも出来たんです。

それにしてもこのギターは当たりでした。

定番のドレッドノートタイプですが、ネックの握り具合、弦の押さえ易さ、チューニングの安定性等々、全てに満足。

何より、鳴りが良いんですよ!

ハイポジにカポしてスリーフィンガーすると特によく感じられました。

長渕剛の「夏祭り」を原曲に近い音で弾けたのには、いたく感動しましたね。

後日、L.R.Baggsのピエゾとコンデンサーをブレンドできるマイクを取り付け、弾き語りでもバンドでもイケる、最強ギターに仕立て上げました。

私にとっては申し分のない相棒でしたが、一つだけ難を言うと、低音が結構鳴るのでマイクで拾うとハウりやすく、少しPAさんの手間がかかったくらいです。

さぁ、私はこの三代目の相棒、アストリアスを引っ提げて、那覇のギブソンというライブハウスで弾き語りを開始します。

そこでは、ビートルズ、吉田拓郎、長渕剛、サザン、ミスチル、平井堅、オフコースといったメジャーどころをはじめ、洋楽と邦楽の名曲を幅広くやりました。

中でも、吉田拓郎は思い入れが強かったので、他より力入れてましたね。

時には「落陽」で客席を盛り上げた後、「流星」でホロリとさせたり、「祭りのあと」や「唇をかみしめて」をしみじみ聴かせた後に「伽草子」でホンワカさせたりと、私の吉田拓郎愛を観客に思い切りぶつけてましたよ。

たまに年配のお客から「君の歳で拓郎やるのは珍しいねぇ」と言われると、嬉しかったものです。

私はこのギブソンというライブハウスで10年近く弾き語ったので、本当に沢山の思い出があります。

小さなお店だったこともあり、お客が目の前で会話し易かったですし、カウンターにいるマスターとの冗談の掛け合いも楽しかったなぁ。

店は那覇の繁華街にあったので、本土から出張で来た方がブラリ来られたり、深夜までライブやるので酔っ払いのお客も頻繁に出入りしておりました。

そのせいもあってか、度々トラブルも・・

ライブ中、お客同士がケンカ始めたり、曲に合わせて中年カップルがチークを踊り、ラインを足で引っ掻け抜いてギターの音が聴こえなくなったりとか・・

今思えばハチャメチャでしたね。

さて、そのギブソンというライブハウスが私のホームでしたが、もう一つ、私の地元南城市にある、カフェSSカンパニーというライブハウスにも大変お世話になりました。

そこでは、お客で来店していた宮本亜門さんに「本土の方ですかぁ?」と、本人とは知らずにとぼけたMCをしてしまい、帰った後にマスターから聞かされて愕然としたこともあります。



地元のライブハウスということもあってベロベロに酔って演ったこともありました。

私自信は気持ち良かったのですが、音は最悪だったでしょうね。あの時は若かった・・

あと、ギターコレクターの方が持ち込んだ、ギブソンやらテイラーやらの高級アコギを弾かせてもらったこともありました。

御本人は弾く方は苦手と言ってましたが、「だったら頂戴よ!」って思いましたよね。

ライブハウス以外でも音楽ホールや道の駅広場、喫茶店でやったり、各地イベント、結婚式の余興等々、色んな場所で弾き語りました。

そういうライブ活動をしながらも、メジャーデビューの夢を燻らせていた私は常にチャンスを伺っていたものです。

一度、「あなたの曲をメジャーレーベルからオムニバスCDとして全国に流通させます!」という広告を見てデモテープを送ったところ、なんと採用。

面談が必要ということで、意気揚々と飛行機に乗って本土に渡りました。

そうしたら、「条件として30万円用意して欲しい」と言われ、

「そういうことは最初で言えやっ!ワイは石垣旅行切り上げて来とんじゃい。ハナから騙すつもりやったんかい、ワレッ!」

と怒鳴りたかったのをぐっと抑え丁重にお断りしました。

危ない危ない・・

後年、自作の曲が収録されたCDがビクターから発売されたので一応、違う形で目標は達成されました。

もっともっと、ここでは書けないくらい、沢山の思い出がありますが、振り返ってみて思ったことは、

「やっぱり、弾き語りは良いなぁ・・」

ということですね。

ギター1本、裸一貫で演奏するから、いつの間にか心も裸になっているのでしょう。

だからお客も、腹を割って聴いてくれていたような気がします。

私は家庭を持ったのをキッカケに活動は休止してますが、いつかまた、Back in the HIKI-KATARIするつもりです。

今回は以上ですが、次はバンド編も書いてみたいと思います。期待せず待ってて下さいね~

今回も最後まで読んで頂き、大変ありがとうございました。

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